2026.01.31
KISAKI ✕ NETH PRIERE CAIN 樹 共演記念特別対談
MAKE2周年記念イベントで初共演を果たした、ヴィジュアル系シーンの神・KISAKIと、「古の継承者」NETH PRIERE CAINのボーカル・樹。UNDER CODE PRODUCTIONからDouble River Recordへ、それはまるで必然であったかのように強い情熱とシーンへの愛が引き合わせた奇跡の連続であった。シーンを築いた者からのエールとその思いを継承する者の闘志、二つの目線で語られる次世代へ繋ぐ言葉をここに刻む。
――今回の対談のきっかけとなった2025年12月20日のMAKE2周年イベントが初共演でしたが、率直にご感想をお聞かせください。
樹 入りから半端なく緊張してて…。僕は割と人と話す方なんですけど、自分が通ってきた人たちの前だと非常に喋れなくなるんですよね。会場についてすぐに挨拶したかったんですけど、KISAKIさんは先にメイクを開始していたので、「やばいやばい、どうしようどうしよう…」ってずっと自分の中で戦ってました(笑)。
――実は樹さんから「できれば出番前にKISAKIさんに挨拶したいんですけど、いつがいいですか。」と相談されていて。(ヘアメイクの)A・DOさんにも今はダメと言われて、後ろで待ってました。
樹 ずっと戦ってましたね。
KISAKI 難しいよね、立場的に。僕もそういう道を辿ってきたよ。
――でも実際に話してみてどうでしたか。
樹 いい意味で思った感じと違って、すごく喋りやすくて。
実はホリデー(HOLIDAY NEXT 名古屋)で1度お会いしたことがあって。ホリデーにいらっしゃることだけ知ってて、その時に「これは絶対に挨拶したい」って心が先走って、メンバーの誰にも相談せずに1人で挨拶しに行きました。

――(笑)なるほど。共演は初めてだけど、実は挨拶はしたことあるんですね。実際僕らもそうですけど、世間が持ってるイメージよりも話しやすいですよね。
KISAKI いや、いいんですよ。僕は世間から悪いイメージを持たれてるけど、優しそうって思われるよりは全然いい。
それは自分が作り上げてきたキャラクターでもありますから。
樹 神っていうイメージがあったので、正直かなり緊張しました。
KISAKI でも、初対面の時にUNDER CODE PRODUCTIONのバンドの曲もよく聴いてくれてたっていうのを聞いて、そういうのは純粋に嬉しいし、応援しようっていう気持ちは増しましたよね。
樹 ありがとうございます。
――最初にネスプリ(NETH PRIERE CAIN)を取材した時に樹さんからNEGAやMegaromaniaが好きとお話されて、そこ来るか…と思いました。
KISAKI その辺りなんだ。
樹 僕が聞き始めた時は、NEGAとかMegaromaniaでした。
KISAKI UNDER CODE PRODUCITONの次世代の頃だね。Phantasmagoria、ヴィドール、12012は通ってないの?
樹 DVDを持ってます。そのバンドが全部出てるDVDが出されていたので。
――樹さんはKISAKIさんのレーベルの音楽がすごく好きで、もういろんなものを取り入れていますね。
KISAKI それは嬉しいです。
樹 ネスプリもそこからすごく影響されてると思います。
KISAKI 浅川くん(Double River Record代表)も、当時僕がUNDER CODE PRODUCITONをやっていた時にずっとそばで見てた人間。彼から聞いてると思うけど、マンションも隣に住んでて常に一緒にいて僕のやり方をずっと見ていた。それが今のネスプリの活動に、多少なりともインスパイアというか、影響を与えていると思うんですよ。だからライブの本数もめちゃくちゃ多いじゃん。
樹 めっちゃ多いです(笑)。僕はネスプリが初めてのバンドなんですけど、いきなり月に10とか、多くて13本とか全然ありますね(笑)。
KISAKI その辺は多分僕を継承していますね。
樹 (笑)。
KISAKI リリースを決めて、ある程度動員が増えてきたら全国ツアー。ある程度地元で動員つけて、まず1回無料ワンマンするっていうのがよくあるパターン。東名阪ツアーやって、それをやったら今度は他のバンドとカップリングツアーみたいな。
樹 全く同じことやってました(笑)。そこからきてたんですね。
KISAKI 浅川くんは僕をコピーというか継承してくれてるね。
――ネスプリをマネージメントしてる浅川さんは、KISAKIさんのプロデュースも引き継いでいて面白いですよね。
KISAKI 反面教師にしてない部分が嬉しいよね。
――今の時代、バンドが苦しくて本数できないのもわかるんですけど、本数やってるバンドは応援したいですね。
KISAKI 多分みんなが思ってるよりライブ1本する労力ってすごく大変。だからライブ本数こなしてるバンドが強い。
樹 ネスプリは初めてバンドやるメンバーが多いので、修行させるためにライブをぶち込んでました。
KISAKI それはすごく良いことだと思うし、やってると辛いことも多々あると思うけど、やって後悔することはないからさ。
失敗は次に生かそうって反省して。100%のライブってなかなかできることってないと思うけど、やってよかったなって思えるライブが多くなったら、それがバンドの武器になっていくし、ライブが強いバンドは絶対残っていく。で、今シーンでトップの方で残ってるバンドたちも、そういう苦しい時期を乗り越えたバンドが残ってるとも思う。
樹 そうですね。最初の方にたくさんやってなかったら、ライブ力は全然伸びなかったと思います。
KISAKI ライブもそうだし、動員もそうだしね。表現方法とかも解らないまま中途半端な感じで、写真だけ綺麗に撮るバンドとは全然違う。人間の本質というか、そういう強さが見えるんじゃないかな。
でもやる時はやる、やらない時はやらないというメリハリも大事だったりする。今はガンガンやるべきだと思うけど、ある程度ネスプリが地位と名声を得たときは、1年間ぐらい休んでもいいと思うよ。
樹 (笑)。
KISAKI 1年は言い過ぎかな(苦笑)。半年ぐらいライブを休んで、その間に大作の音源を作って大きい展開に入るっていう、そういうタイミングの時も来ると思う。その時は「浅川さん、ちょっと違いますよ」「いつまで僕ら、ライブやるんですか」っていうのは言った方がいい。
樹 (笑)。感覚がちょっとバグっちゃってて。やっぱりライブやるのが好きなんですよ。少なくても月8は欲しいですね。
KISAKI 珍しいね!?
樹 逆にそれぐらいの体になってます。
KISAKI でもいいと思う。それは強くなってる証拠だと思う。普通やりたくないもん。
樹 いやいやいや(笑)。やっぱり人生において自分が輝ける瞬間はそこしかないので。
KISAKI 年齢的にもやれる時にやっとかないと絶対に将来後悔することになるから。
僕も今まで何千本ライブをやってきて、やらない方がよかったライブなんか1本もない。
――それは例えば動員が1桁だったりしてもですか?
KISAKI 関係ない。動員が少なくても、じゃあこれをどう増やすかと考える時間も好きだった。自分たちにはどんな魅力が足りないのかって悩んでる時間も、今考えたら楽しかったと思いますね。
樹 確かにそうですね。僕はギャ男だったんで、まずバンドやれてることが嬉しすぎて。
KISAKI それは1番大事なこと。今って売れるための戦略としてヴィジュアル系を選んでる人も中にはいるから。ヴィジュアル系である程度お客さんつけたらメイク落として…じゃなくて、本当にヴィジュアル系を愛する人がヴィジュアル系をやると全く違う。僕もバンドやる前はいろんなバンド好きだったけど、バンド始めてからはどうやったらYOSHIKIさんみたいになれるんだって思いながらやってた。
初めてのライブでリハーサルやった時、モニターって何?みたいな感じだったでしょ?でもやっていけば、ちょっとずつそういうのを理解していくように、それが成長だと思う。人生はその繰り返しだと思うんですよ。
5年後もその気持ちを忘れてなかったら、そのバンドは本物だと思う。5年後にある程度動員について高飛車なバンドにはなってほしくない。僕が思ってたよりも優しかったと言われたように、これからネスプリが中堅先輩バンドになっていった時に新しいバンドにフランクに接してあげたらバンドの評価もすごく上がると思うし(笑)。
樹 (笑)。
KISAKI でもやっぱりそうで、先輩って意外と優しかったりするじゃん。
樹 僕が活動してきた経歴は恵まれてたかもしれないですね。
KISAKI MAKE2周年のイベントで初めて正式に共演できた時、ネスプリの出順の前にステージに上がって1曲歌う予定のところを、僕が客席から登場したほうがいいって提案も出来た。
――さすがの演出でしたよ。
KISAKI 絶対普通に出ても面白くないなと思ったから。
――KISAKIさんがあれを提案してくださったおかげで、僕もステージで樹さんとは長い付き合いじゃないのに、突っ込みを入れてもいいんだなとか思えました。でも実際は、本当は2022年にMIRAGEとネスプリで対バン予定だったんですよね。
KISAKI そうだね。コロナで中止になったやつ。
樹 そうなんですよ…。
――ということはMIRAGEではないですが、KISAKIさんとの共演は4年ぶりの念願でしたね。
KISAKI 4年ってあっという間だね。
樹 そうですね。生き残れてよかったです。
KISAKI それだけ長く続けてるから。ネスプリも5人編成になってすごくパワーアップして、もっともっと活動してくれるのを応援しています。
樹 ありがとうございます。
――5人組っていいですよね。当時、僕もバンドやろうと思った時はどうしても5人でやりたかった。
KISAKI 僕もやってきたバンドは全部5人。別に4人が悪いとかではなくて、5人の方がステージ映えもする。でもそこで1番大事なのはボーカルの存在感と引っ張っていく力。それがもっと求められてくると思うから。樹くんはこれからさらに気合い入れていいライブをしてほしい。
樹 そうですね。メンバーに食われるボーカルではダメですから。
KISAKI ボーカルが空間を支配するように。僕はベーシストなんだけど、逆にボーカリストには負けないぐらいのカリスマス感とか存在感を出せるベーシストになりたいと思ってずっとやってきた。
樹 ずっと出てました。
――それをちゃんと体現されてますね。できてなかったら雑誌の表紙でKISAKIさんが1番大きくならないです。普通はボーカルが1番大きいので(笑)。
KISAKI Phantasmagoriaの時はうまいこと化学反応が起きてバランスが良かった。ボーカルの存在感が無いのではなく、役割分担のバランスがとれたのがPhantasmagoria。そこからUNDER CODE PRODUCITONのバンドに対してのプロデュースの仕方も変わっていった。個々のキャラクターは大事にしつつ、最終的にはボーカルのMC1つとっても、言葉選びでライブの空気は変わる。お客さんもその言葉で応援したい、もっと見たいと思えるから、歌と言葉はボーカリストの力にかかってくる。いくら良い曲作っても、メロディがめちゃくちゃだったら曲にならないように。ネスプリはYouTubeでも見たけどかっこいいよね。
樹 ありがとうございます。
――KISAKIさんはネスプリの楽曲を聞いて率直にどんな印象を持たれましたか。
KISAKI UNDER CODE PRODUCITONにいてもおかしくないなと思った。その頃のサウンドを今風に進化させてるし、メタル感も出てる。
樹 ギター(珠璃)がめちゃくちゃメタラーなんですよ。
KISAKI そのギャップに燃えたというか。声もしっかりしてて弱くなかったし、バックに食われてないボーカルだなとすごく感じた。
――実際UNDER CODE PRODUCITONにいてもおかしくないというのはすごくいい言葉ですね。
樹 いやもう、最高の褒め方ですよ。だってもうそれを目指してやってますからね。
KISAKI UNDER CODE PRODUCITONは2013年に無くなったけど、13年経ってもそういう風に言ってくれるバンドが今活動してくれるっていうのは僕もすごく嬉しい。
――ネスプリのコンセプトは「古の継承者」ですが、KISAKIさんから見て継承されているように感じますか。
KISAKI 引き継いでくれていると感じましたね。バンドサウンドもしっかりして、うまく打ち込みと融合している。僕の好きなジャンルなので、かっこいいなと思いました。
樹 嬉しいですね。もう本当にありがたいことに、ギャ男も多くて。
KISAKI それは伝わってるってことだよね。ヴィジュアル系好きな男の子ってそういうとこすごく見てるから。
樹 本当にありがたい限りですね。
――樹さんがNEGAやMegaromaniaに出会った時、ハマる要素はどこにあったのでしょうか。
樹 最初いろんなバンドを聞いて、そこから雑誌を買うようになったんですよね。びっくりするようなマニアックな本なんですけど、VROCK STARという雑誌があって。
KISAKI あー、あった!
樹 その雑誌に試聴できるCDがついていて、ClearVeilとかUNDER CODE PRODUCITONのバンドがめっちゃ入ってたんですよ。しかもいい感じに全部聞かせないぐらいの尺で曲が入っていて、気になるからYouTubeでPVを見て、「なんだこのゴージャスなバンドは!」ってハマっていきました。
KISAKI なるほど。そこで正統派ヴィジュアル系にハマっていったわけなんだね。
樹 で、現在に至る感じです。なので衣装とかも結構意識しています。
KISAKI 継承されてるね、それは。今のアー写もロックハート城でしょ?
ヴィジュアル系は1回通るというか、通りたい道。あそこで撮りたいバンドは絶対いる。僕らも使ったことあるし。
樹 MVの打ち合わせをしている時に、「ついに僕らはロックハート城に行きますかね」って言ったんで(笑)。
KISAKI やっぱりそうなんだ(笑)。
樹 今までいろんなとこで撮ってきましたよね。ロイヤルチェスター太田とか。
KISAKI そこも使ったことある(笑)。ただ上っ面だけ見てるんじゃなくて、そういうところをちゃんと調べてるのも偉いよね。
ヘアメイク(A・DO)も撮影の時は僕と同じ方だもんね。A・DOちゃんからも「名古屋に頑張ってるバンドがいるんですよ」と聞いていたし、初めて挨拶来てくれた時も、「メンバーは会いたがってると思いますよ」とは聞いてたけど、急に言われてもどういう対応していいかわからない(笑)。
樹 そうですね。そしたら、僕が勝手に来たっていう(笑)。
KISAKI でも来てくれるのは嬉しいよ。自分から挨拶に行くのはおかしいから(笑)。出会いがすごく衝撃的だったからすごく覚えてる。それがコロナ禍になる直前ぐらいだったのかな。
樹 そうですね。そこからしばらくライブできなくなりましたね。
KISAKI それで対バンする予定だったものは中止になって、MAKE2周年のイベントで初共演という形になったわけだね。
――意外と、と言うと失礼ですが、こんなにいい話になると思ってなかったです。KISAKIさんが後輩を見る目が優しくて。
KISAKI 僕は90年からやってるけど、樹くんは2000年代初頭のバンドが1番好きなんだと思う。
樹 入りはそこですが、そこから漁ったりはしてましたね。
KISAKI 漁ってはいるんだ。90年代は盛り上がったけど、2000年代初頭がヴィジュアル系は1番熱かったと思っている。当時は、UNDER CODE PRODUCITONがいて、PS COMPANYがいて、フリーウィル、LOOP ASHといろんなレーベルがいて、バトルがあった2001年から2004年ぐらいが1番ヴィジュアル系が盛り上がっていてすごかった。
樹 確かに。その時はヴィジュアル系しか聞いてなかったです。
KISAKI それでいいと思う。好きになったらとことん突き詰める精神じゃないとヴィジュアル系はできない。
樹 とりあえず音源ギャ男でしたね。
KISAKI 聞くことは大事だと思います。そこから自然と脳内にインプットされていく。
樹 勝手にですけど、影響受けちゃって…次に出る新曲(『羽化の知らせ、威厳なる詠唱』)のカップリングに『狂進曲-invisible scar-』という曲が入ってます。
KISAKI すごくPhantasmagoriaな感じ(笑)。
樹 (笑)。
